- 納豆の歴史
日本の食卓、とりわけ朝ご飯のおかずとして代表的な一品である納豆。漫画やドラマなどでも、納豆の糸を箸で巻き巻き食べるシーンをよく見かけます。これほど暮らしに浸透しているのですから、その歴史も明確に…と、思いきや、実はこれが面白いことになっています。というのも、納豆の起こりには次の諸説があるのです。
【説その1】 古代偶然説
納豆は日本生粋の古代からの味。産まれたのは、すでに野菜の煮焚きなどが行われていた弥生時代と推測されています。当時の住まいには、ワラで編んだ敷物が使われていましたが、ある時、その敷物の中に煮豆(大豆)が落ち、日を経て納豆と化しました。それを見つけた住人がその香ばしい匂いに釣られて口に入れてみると意外においしく、以後、煮豆をワラに包んで発酵させる料理=納豆が人々に広まっていきました。
納豆は日本生粋の古代からの味。産まれたのは、すでに野菜の煮焚きなどが行われていた弥生時代と推測されています。当時の住まいには、ワラで編んだ敷物が使われていましたが、ある時、その敷物の中に煮豆(大豆)が落ち、日を経て納豆と化しました。それを見つけた住人がその香ばしい匂いに釣られて口に入れてみると意外においしく、以後、煮豆をワラに包んで発酵させる料理=納豆が人々に広まっていきました。
【説その2】 聖徳太子説
時は聖徳太子の時代。当の聖徳太子が愛馬にエサの煮豆を与えていたところ、量が多くて余ってしまいました。捨ててしまうのももったいないと考えた太子は余った煮豆をワラに包んで保存します。数日経ち、ワラを開けてみた太子はびっくり。煮豆が糸を引いています。不思議に思いながらも、その糸引き煮豆を食べてみた太子は二度びっくり。なんとも美味しい豆になっていました。そこで太子はそれを人々に教え、以後、煮豆をワラに包んで発酵させる料理=納豆が広まっていきました。
時は聖徳太子の時代。当の聖徳太子が愛馬にエサの煮豆を与えていたところ、量が多くて余ってしまいました。捨ててしまうのももったいないと考えた太子は余った煮豆をワラに包んで保存します。数日経ち、ワラを開けてみた太子はびっくり。煮豆が糸を引いています。不思議に思いながらも、その糸引き煮豆を食べてみた太子は二度びっくり。なんとも美味しい豆になっていました。そこで太子はそれを人々に教え、以後、煮豆をワラに包んで発酵させる料理=納豆が広まっていきました。
【説その3】 源義家説
時は平安時代。源義家という武将が現在の秋田県にあたる地で戦に臨んだ際、想定外の長期戦に食糧が不足してしまい、地元の農民たちに大至急の食糧供出を命じました。あわてたのは地元民たち。しかし、当時勇猛果敢で恐れられていた義家のこと、怒らせては大変と、ちょうど大量に収穫していた大豆を煮て、それが冷めるのも待たずにワラに包んで義家軍に差し出しました。それから数日後、煮豆を保存しておいた蔵から香ばしい匂いが漂い始めます。不思議に思った義家の家来がワラを開いてみると煮豆が糸を引いています。試しに口に入れてみると、これまでなかった味わいです。そこで家来はその糸の引いた煮豆を義家の食膳に出すと、その美味さに義家も大喜び。その話は煮豆を差し出した地元民にも伝えられ、「納豆」という新しい料理は、義家の活躍談とともに広く伝播されていくことになりました。
なお、この義家を始まりとする伝承は各地にあり、「水戸納豆」の地元である茨城県に伝わるものでは、義家が戦遠征で常陸の地に立ち寄った際の話となっています。馬に乗せた荷の中のワラ束に変色した煮豆を発見した義家。「もったいない」と食べてみたところ、たいそう美味しかったというのがその内容です。
時は平安時代。源義家という武将が現在の秋田県にあたる地で戦に臨んだ際、想定外の長期戦に食糧が不足してしまい、地元の農民たちに大至急の食糧供出を命じました。あわてたのは地元民たち。しかし、当時勇猛果敢で恐れられていた義家のこと、怒らせては大変と、ちょうど大量に収穫していた大豆を煮て、それが冷めるのも待たずにワラに包んで義家軍に差し出しました。それから数日後、煮豆を保存しておいた蔵から香ばしい匂いが漂い始めます。不思議に思った義家の家来がワラを開いてみると煮豆が糸を引いています。試しに口に入れてみると、これまでなかった味わいです。そこで家来はその糸の引いた煮豆を義家の食膳に出すと、その美味さに義家も大喜び。その話は煮豆を差し出した地元民にも伝えられ、「納豆」という新しい料理は、義家の活躍談とともに広く伝播されていくことになりました。
なお、この義家を始まりとする伝承は各地にあり、「水戸納豆」の地元である茨城県に伝わるものでは、義家が戦遠征で常陸の地に立ち寄った際の話となっています。馬に乗せた荷の中のワラ束に変色した煮豆を発見した義家。「もったいない」と食べてみたところ、たいそう美味しかったというのがその内容です。
【説その4】 光厳法皇説
時は南北朝時代。光厳法皇というお方がおられました。この法皇は覇権争いの犠牲になって出家を余儀なくされ、丹波山山中の寺で修行していました。しかし、それは島流しも同然の出家。法皇は華やかな都暮らしから一転した貧しい生活を余儀なくされていました。そんな法皇に同情した地元民がある年の年末、大量の味噌煮豆をワラ束に包んで法王に献上します。民の温かい気持ちに涙するほど喜んだ法皇でしたが、なにしろ煮豆の量が多くてとても一度に食べきれません。そこで毎日少しずつ食べていたのですが…ある日、煮豆に糸が引いています。「しまった、豆を腐らせた」と悔んだ法皇でしたが、地元民の気持ちを大切にしたいとその豆を食べたところ、なんともとの煮豆よりも美味しい豆になっていました。そのことを法皇から聞いた地元民たちもさっそく、糸の引いた煮豆を作り始めました。これが納豆の起こりとか。
時は南北朝時代。光厳法皇というお方がおられました。この法皇は覇権争いの犠牲になって出家を余儀なくされ、丹波山山中の寺で修行していました。しかし、それは島流しも同然の出家。法皇は華やかな都暮らしから一転した貧しい生活を余儀なくされていました。そんな法皇に同情した地元民がある年の年末、大量の味噌煮豆をワラ束に包んで法王に献上します。民の温かい気持ちに涙するほど喜んだ法皇でしたが、なにしろ煮豆の量が多くてとても一度に食べきれません。そこで毎日少しずつ食べていたのですが…ある日、煮豆に糸が引いています。「しまった、豆を腐らせた」と悔んだ法皇でしたが、地元民の気持ちを大切にしたいとその豆を食べたところ、なんともとの煮豆よりも美味しい豆になっていました。そのことを法皇から聞いた地元民たちもさっそく、糸の引いた煮豆を作り始めました。これが納豆の起こりとか。
【説その5】 加藤清正説
時は豊臣秀吉の治世の世。秀吉の命で朝鮮に出兵した加藤清正は戦地で食糧の調達に苦労していました。その日も少ない食糧に腹を空かせていた清正は、荷物運びの馬の背中からうまそうな匂いがしてくることに気づきます。はて、なんだろうと馬の背に乗せてあったワラ束を開いてみると、入れてあった煮豆が糸を引いています。ただでさえ乏しい食糧を腐らせてしまったかと落胆しつつも、その香ばしい匂いにつられて糸引き煮豆を食べてみると…「これは美味い!」。この話はやがて、秀吉にも伝えられ、納豆がくらしの中に定着していきました。
時は豊臣秀吉の治世の世。秀吉の命で朝鮮に出兵した加藤清正は戦地で食糧の調達に苦労していました。その日も少ない食糧に腹を空かせていた清正は、荷物運びの馬の背中からうまそうな匂いがしてくることに気づきます。はて、なんだろうと馬の背に乗せてあったワラ束を開いてみると、入れてあった煮豆が糸を引いています。ただでさえ乏しい食糧を腐らせてしまったかと落胆しつつも、その香ばしい匂いにつられて糸引き煮豆を食べてみると…「これは美味い!」。この話はやがて、秀吉にも伝えられ、納豆がくらしの中に定着していきました。
- 否定・肯定も各説入り乱れて…。
どうでしょう。ワラと深い関わりがある点ではすべて共通していますが、これだけ納豆発祥説があると、何を信じて良いのやらという気になりますね。しかも、各説にはそれを否定する意見や学説も少なくありません。
とりわけ古代説には、家屋内の敷きわら程度の温度で煮豆が発酵する可能性が低すぎるという確率的・科学的見地からの否定論があります。また、奈良時代の文献に納豆と思われ記述が無いため、それ以前から納豆があったとは考えにくいとする文献説も古代発祥の否定意見です。
とりわけ古代説には、家屋内の敷きわら程度の温度で煮豆が発酵する可能性が低すぎるという確率的・科学的見地からの否定論があります。また、奈良時代の文献に納豆と思われ記述が無いため、それ以前から納豆があったとは考えにくいとする文献説も古代発祥の否定意見です。
逆に、説その5の加藤清正説については、現在の糸引き納豆に該当する食品の記述がすでに室町時代の文献に見られることから否定意見が多く、加藤清正の武勇伝とともに伝播された伝説的俗説と考える研究者が多数を占めているようです。
おまけにこれとは別に、平安時代の寺のキッチンは納所といい、そこで作られていた豆加工品だから「納豆」…という名前の起源に関する意見もあり、納豆発祥の謎をさらに混乱と混迷へ誘いこんでくれています。結局のところ、納豆発祥の謎は深い霧の中へ…その答えを見出すことは、納豆の強烈な匂い同様に一筋縄ではいかないようです。
おまけにこれとは別に、平安時代の寺のキッチンは納所といい、そこで作られていた豆加工品だから「納豆」…という名前の起源に関する意見もあり、納豆発祥の謎をさらに混乱と混迷へ誘いこんでくれています。結局のところ、納豆発祥の謎は深い霧の中へ…その答えを見出すことは、納豆の強烈な匂い同様に一筋縄ではいかないようです。
